芥川龍之介の小説

 斜(ななめ)に見た標札屋(ひょうさつや)の露店(ろてん)、天幕(てんと)の下に並んだ見本は徳川家康(とくがわいえやす)、二宮尊徳(にのみやそんとく)、渡辺崋山(わたなべかざん)、近藤勇(こんどういさみ)、近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)などの名を並べている。こう云う名前もいつの間(ま)にか有り来りの名前に変ってしまう。のみならずそれ等の標札の向うにかすかに浮んで来る南瓜畠(かぼちゃばたけ)……

 そこで髪長彦は、前のように二匹の犬を小脇(こわき)にかかえて御姫様と一しょに黒犬の背中へ跨りながら、
「飛べ。飛べ。笠置山の洞穴に住んでいる土蜘蛛の所へ飛んで行け。」と云いますと、黒犬はたちまち空へ飛び上って、これも青雲のたなびく中に聳えている笠置山へ矢よりも早く駈け始めました。

 江口は過去に於て屡弁難攻撃の筆を弄した。その為に善くも悪くも、いろいろな誤解を受けているらしい。江口を快男児にするも善い誤解の一つだ。悪い誤解の一つは江口を粗笨漢(そほんかん)扱いにしている。それらの誤解はいずれも江口の為に、払い去られなければならない。江口は快男児だとすれば、憂欝な快男児だ。粗笨漢だとすれば、余りに教養のある粗笨漢だ。僕は「新潮」の「人の印象」をこんなに長く書いた事はない。それが書く気になったのは、江口や江口の作品が僕等の仲間に比べると、一番歪んで見られているような気がしたからだ。こんな慌しい書き方をした文章でも、江口を正当に価値づける一助になれば、望外の仕合せだと思っている。

 彼は巻煙草を銜(くは)へながら、(それは彼が同志と一しよに刑務所を出た三日(みつか)目だつた。)ふと彼女の顔へ目を注(そそ)いだ。近頃夫を失つた彼女は熱心に彼女の両親や兄弟のことを話してゐた。彼はその顔を眺めた時、妙に真剣な顔をしてゐるなと思つた。と同時にいつの間(ま)にか十二歳の少年の心になつてゐた。
 彼等は今は結婚して或郊外に家を持つてゐる。が、彼はその時以来、妙に真剣な彼女の顔を一度も目(ま)のあたりに見たことはなかつた。